度会県民参加型プロジェクト

<紀北町>引本浦関船祭応援プロジェクト/10月14日開催

約1トンの船を肩で担ぐ、約300年続く引本浦関船祭を受け継ぐ若者たち。(後編)

飾りでお化粧された、ハレの漁村。

雲一つない秋晴れの日曜日、紀北町引本浦で関船祭(詳細は前編記事)が開催された。

白装束を身にまとった唄子たちや、法被を着た祭り衆。
青、赤、黄の腰紐を巻いた祭り衣裳の担ぎ手たちは、計1トンにもなる関船を担ぐ。
ギャラリーの中にはカメラをぶら下げた人も多かった。
神社にはこれから始まる祭りに、ザワザワとした楽しげな緊張感。

お祓いをして、揃いの木札を首に掛ける。
歴史を感じる優雅な唄と太鼓が神社に響くと、担ぎ手たちにも気合いが入る。

かけ声と共に担ぎ手が全身全霊で1トンの関船を持ち上げる。

男達は歯を食いしばり、神社の鳥居をくぐり、漁村の町へ繰り出した。

 

 

——祭とは神様に喜んでもらう神事

船に神輿を乗せ担ぐ。
まさに漁村ならではの神事で、日本でここ引本浦だけだといわれ約400年の歴史を持つ。

昔は繁華街といわれるほど栄えた漁村の風情ある街並みに、雄壮な関船はとても似合う。

話は変わるが「祭」とはなんだろうか。
フェスティバル化した近代的な祭や、千年以上の歴史を持つ祭、商売の催事用の祭まで日本全国いろんな祭がある。
そして昔から継承されている祭は、神様に喜んでもらおうと民意で自主的に始めた神事だと聞いたことがある。

一般的な祭に酒は付きものだが、関船祭では最初に御神酒をおちょこで口にするくらいで、終わるまで吞まない。
神事なので吞まないのだろうか?
担ぎ手に聞いてみたが、吞まないというより吞んで担げる重さではないという。

肩パットなしで、担ぎ手が関船を担ぐことは無謀だ。

それ程までに関船は重く、肩に柱が食い込む。

しかし、関船に乗せている神輿には神様がいる。
落とすわけにはいかない。

そんな関船祭は午前11時くらいに神社を出発し、途中海沿いで昼休憩などをはさみながら町を練り歩き、5〜6回の関船の担ぎ演舞を行い午後3時くらいに神社でクライマックスの演舞。

練り歩きは各地で関船を担ぐ演舞が終わるたびに、滑車を関船に取り付ける。
昔は担ぎ手がとても多くて交代で担げた為、練り歩きは滑車なしですべて担いで歩いたという。

▲写真中央:担ぎ手のリーダー的存在の加藤さん。

約1トンの関船を担ぐには40名の担ぎ手が欲しいところだが、今年は同日に近隣での行事も重なり少なめ(25名ほど)だった。

練り歩きには、今年で休校となる引本小学校の生徒も参加していた。

小学生の法被は大漁旗で作られていて、とてもスタイリッシュだ。

唄、太鼓、ホラ貝などを行う担当する唄子は練り歩き中、ずっと船の下に潜り演奏。
神社でのクライマックス以外は、演奏している唄子の姿は見えない。
前編の記事で取材させていただいた奥村さんも、唄子の一人。

奥村さん:今日は暑い。船の下はめっちゃ暑いです。でも楽しい!

奥村さんの充実感に満ちた笑顔が印象的だった。

 

 

——大人の本気は、気持ちを動かす。

練り歩きの関船が自宅の近くを通るとき、家から出てきて励ましのエールを送る人いる。
「おー、久し振りやね」「あんた、元気しとったん」
そんな会話も飛び交う。
演舞を見に家からでてきた町のおかあちゃんに、この祭をどう感じるか聞いてみた。

町のおかあちゃん:気持ちがもう、沸き立つんです!男性はこうやって関船を担いで、女性は前日から祭のごはんの準備です。毎年とても楽しみ。

関船が担がれ、右へ左へ揺られ、前へ後へ進むたびに沸き立つ漁村。

祭り衆:上げるぞ、上げるぞ!担ぎ手だったお兄さんやお姉さんに元気、見せたらんかいぃ!

小さな漁村の伝統ある祭は、地域の人と人を繋いでいる。
そして次世代に伝えている。

小学生の彼ら彼女らが目にしている、大人の本気。
全力で関船を担ぐ大人の姿は、子どもの目にも焼き付き、大切な事を記憶に残している気がした。
父ちゃんの背中が、いつもより大きく見えたとき・・。

担ぎ手である父を、誇らしく眺める子どもの表情が印象的だった。

 

 

——限界に挑む人間は、美しい。

漁村を練り歩き、いよいよクライマックスの引本神社にもどってきた。

クライマックスの演舞が始まるのだ。

鳥居をくぐるのに、ギリギリの大きさの関船。

境内では、何度も何度も関船を担ぎ、何周も周る。

加藤さん:おうっ上げるぞ!上げるぞ!

男達の気合いに満ちた空気。
会場は沸き立つ。

担ぎ手はすでに、体力の限界を超えている。
それが目に見えるのだ。

それでも、何度も何周も担いでは周り、関船に乗っている神様を揺らす。
私は胸が熱くなり、シャッターを切りながら目頭も熱くなった。
限界に挑む人間は、美しい。

ご神木の前で最後の演舞が終わると、会場は大きな拍手で覆われた。

加藤さん:あーえらい、あーえらい。

そういってなだれ込むように腰を落とした、担ぎ手のリーダー的存在の加藤さん。
「よーがんばった!」と地元の人がいうと、また拍手が起きた。

その後に餅巻きをして、雄壮な関船祭は終了。

神様はきっと、よろこんでくれたに違いない。

 

 

−−粋な男がいる限り

祭のあと、メンバーと食事をしていた加藤さんにお話しを伺った。

引本に育ち、一時地元を離れて暮らしていたが、30代で戻ってきてからは10年以上祭に参加されている。
今、関船祭の担ぎ手は地元の人が半分くらいで、元々引本に暮らしていた人や祭に興味のある町外の人も粋な担ぎ手として参加しているという。

私:ところで今さらなんですが、関船はどれくらい重たいんですか?

加藤さん:そやなー。何年か前にやり切ったったらさ、肩にコブができて治らん。

そういって笑いながらコブを見せてくれた。
まさに粋な男の勲章だ。
400年以上前から受け継いできた祭は少子高齢化の時代が来ようとも、町内外の祭に惚れる粋な男たちがいる限り、きっと続いていくことだろう。