度会県民参加型プロジェクト

<紀北町>引本浦関船祭応援プロジェクト/10月14日開催

約1トンの船を肩で担ぐ、約300年続く引本浦関船祭を受け継ぐ若者たち。(前編)

雨が、しとしと、降っている。

▲紀北で渡利牡蛎が生産される汽水湖(川と海の間)白石湖。

人の気分は移り気で、恵みの雨と思うときもあれば、憂鬱な雨と感じるときもある。

しかし風情のある街並みは、雨がよく似合う。

古民家、雨の香りと音、漁船のエンジン音。
昭和の小説の中に居るようなノスタルジー。
人はピカピカに輝くネオンだけに惹かれるわけではない。

日暮れの漁村に、ぽっと灯された明かりにだって惹かれるのだ。

そんな漁村に約300年続く祭がある。
目を閉じれば、勇壮な男衆のかけ声が聞こえてきそうだ。
今回は紀北町の漁村、引本に行った。

 

——漁村はかつて、繁華街であった。
人口約1,000人の引本は、古くより林業や漁業があり、大正時代よりカツオ漁の基地として栄えた。
引本以外のカツオ船も停泊し、漁業関係者で賑わった昭和20〜30年代。
飲食店はもちろん、様々な店が建ち並んでいた。

▲右が米店で左はすぐ海

海のすぐ近くに米屋があり、地元のお母ちゃん達が井戸端会議をしていたので、少し混ぜてもらうことにした。

▲米店では豆の計り売りや生活品、お菓子などが売っていた。

店の人:先代に聞いた話ですが、店を開ける前の仕事が、店の前などにお酒に酔った通行人が置いていった酒瓶などを片付けることだったそうです。それだけ街が夜中まで、多くの人で賑わっていたということです。

昭和20〜30年代といえば、この辺りは陸路より海路が発達していた時代。
繁華街として多くの人が訪れ、さぞかし賑やかであったのだろうと当時に想いを馳せた。

それにしても、この街の古民家は立派だ。
瓦の重厚さを眺めれば、繁栄の面影を垣間見ることができる。
しかしなぜ、海の横に米屋があるのか。

店の人:すぐ船にお米を積めたから、みたいです。

当時はカツオ船で一杯だったという港。
今はカツオではなく、鯛の養殖などが主な漁業となっている。
そんな引本で、約300年続く祭を受け継いでいる若者がいる。
早速、会いにいった。

 

——引本で唯一のエレベーター!?
祭男と聞くと、てっきりかっぷくが良く、ねじり鉢巻きよろしくの体育会系男子を想像していた。

お会いしたのは、奥村亮太さん、32歳。
仕事は家業の保険屋を地元引本で営み、休みの日には時折隣町のカフェでDJもするという。
見た目もシュッとした今時の若者で、勝手ながら意外だと思った。
奥村さんが受け継いでいる祭は、豊漁と海上安全を祈願する、引本浦関船祭。
関船は檜作りで長さ8.1m、重量約860kg。
その上に唄子(うたこ)や氏子総代2名が乗るので、重さは約1トンにもなる。
引本浦内外の参加者約40名で船を担ぎ、街を練り歩く。

唄子が練習に使っている、元スーパーマーケットだった建物に伺った。
1階が元スーパーマーケットで、住居として使われていた3階の練習場までエレベーターで移動。

奥村さん:役場ができるまで、ここら辺で唯一のエレベーターだったんですよ(笑)。

エレベーターを出ると、すぐ玄関という珍しい建物。

その奥の座敷で唄子は祭の約2週間程前から練習しているという。

奥村さん:その太鼓の鉢は、神社の木なんです。

スマートフォンで、練習している祭の唄を聞かせてもらった。
練り歩き道中の唄が2曲、座敷唄が15曲もあるという。
練習場を後にして、奥村さんの幼い時からの友人であり、紀北町役場に勤務している濵田航太さんとともに、引本の街を案内してもらった。

 

——祭とは、男気で遊ぶという粋。
歩いて数分、干物屋奥益に立ち寄った。

▲写真左:奥益の店主、写真右:同行いただいた濵田さん。

30種類もある干物。

▲メヒカリの干物

珍しいメヒカリの干物や、東紀州で食される名物ガスエビなどもある。

店主が昔の祭の写真を見せてくれた。

店主:人が多てな、入り切らんから屋根に登って観とるやろ。

今でこそ関船の担ぎ手ではないが、店主は30年以上担いでいたという。

店主:25歳くらいのときやったかなー。初めて祭に参加して一発でその魅力にハマってなぁ。体力はいるけど、男の粋というか。当時は担ぎ手も多てな。

私:1トンの船を担ぐって、重くないのですか?

▲30年以上担ぎ、首元にできたこぶ。

店主:重い!担ぎ終わるとハァァァ〜ってなるよ(笑)。男気のある体力勝負の祭やな。重たいから腰なんて曲げたら大変や。

担ぐだけで重いというのに、さらに昔は関船の右側と左側の担ぎ手で上下に揺すりあって、体力勝負をしていたこともあるという。まさに、男気で遊んでいる粋な祭だ。
そんな関船祭には、町外からもカメラをぶら下げた見物客も多く、全国的な祭好きからも評価が高いらしい。

店主:こうやって祭を伝えていかんと。この子らの時代で終わるやろ。

世代を超えて繋がり、楽しめるのも祭の醍醐味だと三人を見ていて思った。
関船祭の始まりは寛政(江戸時代中期)といわれている。
奥村太右左衛門という人が病気になり、八幡宮に祈願したら全快し、感謝の気持ちを込めて小さな関船を奉納したことが始まりとされている。
その後、明治期に大きな関船になったらしい。
しかし40名もいないと担げない程の関船とは、どんなのだろう。
実際に関船が収納されている、引本神社へ向かうため店主と別れ際・・。

店主:3人で関船を観に行くんやな。3人で担げるでな。

私:え?ウソでしょ(笑)。

店主:オレは昔、3人で担いだことある。ウソは言わん。

これだから漁村が好きだ。
見ず知らずの私のような者にも、真顔で冗談をいったりして迎えてくれる。
いや、冗談かどうかは自分の目で関船を確かめることにしよう。

 

——重いものを見ると、担ぎたくなる。

神社の境内には、引本神社の他に3つの神社がある。
神聖な雰囲気のここで祭は始まり、街を練り歩き、そしてここに戻り終了する。

境内にある倉庫に関船を見せていただいた。

奥村さん:祭の当日は深夜0時に電気を消して、神主が関船の上にご神体を運びます。唄子は海で禊ぎをしてから祭に参加します。

神聖な神事は、このように受け継がれていくのかと納得した。
同行いただいた濱田さんは、担ぎ手のリーダー的存在だ。

私:これは3人では担げない、ですよね?
濵田さん:無理ですね(笑)

関船に施された文様や絵は定期的に塗り治され、龍やクジャクなどは東西南北の守り神を意味している。
しかし人は不思議なもので「これは重たい」と言われると、つい持ってみたくなる。
試しに担がせてもらったが、当たり前だがビクともしない。

人は軽いものを持つのでは無く、重いものを持つから力が出て、将来的に自分の力となる。
それは人生において日々の研鑽を積み、何かを乗り越える試練と同じだと感じた。
境内の巨木は、地に根を張り、日々重くなり続ける枝葉をずっと支え続けてきたのだ。

 

——風情とは、風と情。
全国に押し寄せる少子高齢化の波は、引本にも押し寄せた。

奥村さんや濵田さんの母校でもある引本小学校は、全生徒数が13名。
今年度での閉校が決定している。

奥村さん:まさかこんなに早く母校がなくなるとは、思わんだです。

同じように関船の担ぎ手も減ってきている。

そこで約5年前に、奥村さんたちはもっと町内外の子どもや女性にも関船祭を楽しんでもらおうと、1/10スケールの小さな関船を作るプロジェクトを立ち上げた。

濵田さん:町外の知り合いにも声を掛けて、関船祭に参加して楽しんでもらっています。

白のTシャツと白の短パンであれば、町外の人でも気軽に関船祭へ参加できる。

奥村さん:初めて参加される人にも、簡単なレクチャーがあるので、何も心配せんと遊びに来て欲しいです。そして普段会うことのない地元の人と話したり、伝統ある祭を体験してもらったりして楽しんで欲しいです。基本的にウェルカムな人が多いのが引本ですから。

 


 

取材が終わり、ふと奥村さんに地元について聞いてみた。
奥村さんは名古屋に進学して、そのまま愛知県で就職。都会への憧れが強かったという。
しかしUターンした奥村さん。
都市部の暮らしと比べ、地方で困ることはないのだろうか。

奥村さん:困ることがないなーと思ったから、地元で暮らしています。インターネットがあれば買い物ができますし。こっちに戻ってきてしばらくすると、名古屋での生活とあんまり変わらへんなと。

では地元で暮らす魅力とは何だろうか?

奥村さん:最近やっと地元が好きになってきたんです。いっぺん外に出たもんで、何もないと思っていた地元でも、何か遊びを見付けることができます。一回外に出た方が、地元のことが好きになれる気がします。自分もそうですが、多分出ていった人は地元の楽しみ方をわからなかったんだと思います。

プライベートでDJや釣り、川遊びも楽しむ奥村さんの話しを聞いていると、都市部や地域で暮らすという区分けではなく、どこに暮らそうと何かを楽しむという好奇心が大切なのだと気がついた。
そして散策していると、ここには風情があることに気がつく。
風情とは、風と情。

かつて繁華街として賑わったという、歴史の趣きを感じる街に吹く潮風。

そこに暮らし訪問者を迎えてくれる、角がない丸い人の情。
そんな引本の風情を、勇壮な関船祭とともに楽しみたい。

そう、関係人口も「楽しい」から始めなくては。
郷土を祭というフィルターを通じて知ることで、見えなかった魅力が見えてくる気がした。

関船祭の参加者を募集しています。
ご興味のある方は、ぜひご参加ください。

 

 


 

 

—日時
平成30年10月21日(日) 雨天決行

—スケジュール
9:30
引本神社
11:00〜15:00
関船祭(15:00終了予定・終了後随時解散)

—持ち物(服装)
白いTシャツ、白い短パン
※無地のものが好ましいです。

—その他
昼食等は祭り内で準備しています。

—参加応募方法
参加希望の方・問い合わせはMailをお願いします。
kkohta.13@gmail.com(濵田)
参加希望の場合は氏名、年齢、連絡先を記入してください。